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東京地方裁判所 平成3年(ワ)18857号 判決

原告

株式会社ブリオンハウス

右代表者代表取締役

西川武彦

右訴訟代理人弁護士

駒場豊

被告

東京海上火災保険株式会社

右代表者代表取締役

五十嵐庸晏

右訴訟代理人弁護士

柏木秀夫

光前幸一

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第一請求

被告は、原告に対し、金四六五三万二〇八〇円及びこれに対する平成三年一二月一日から支払済みまで年六分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

本件は、宝石販売業者である原告が、被告との間で締結した動産総合保険契約の目的たる宝石類につき、東海道新幹線の車内で盗難事故に遭ったとして、被告に対し保険金の支払を請求している事案である。

一争いのない事実

1  原告は宝石・貴金属等(以下「宝石類」という。)の販売を目的とする会社であり、被告は保険事業を営む会社である。

2  原告は、平成二年六月七日、被告との間で次のとおり動産総合保険契約(以下「本件動産総合保険契約」という。)を締結した。

(一) 保険期間 同日から一年間

(二) 保険金額 一億円

(三) 保険の目的 原告が所有し又は他の業者より販売を委託され自ら責任管理するすべての貴金属、装身具、アクセサリー、宝石、宝玉(ただし、原石を除く。)

(四) 填補限度額

(1) 保管中 一億円

(2) 運送中及び出張販売中 五〇〇〇万円

(3) 受託品 五〇〇〇万円

(五) 保険価額 仕入価格(受託商品については委託業者の納入価格)

3  原告は、その代表者である西川武彦が、平成三年三月一一日午前一一時〇三分から午後三時〇八分までの間に、JR東海道新幹線ひかり号の車内で宝石類在中の鞄の盗難事故(以下「本件盗難事故」という。)に遭ったとして、同年一〇月八日、本件動産総合保険契約に基づき、被告に対し、本件盗難事故による宝石類の損害合計四六五三万二〇八〇円について保険金の支払請求をしたが、被告は、同年一一月二六日付で、原告に対し支払拒絶の通知をした。

二原告の主張

1  本件盗難事故に至る経緯

(一) 原告は、平成三年二月上旬、宝石類の卸売り業者である有限会社アッシュトレーディング(以下「アッシュ」という。)から、家庭用電器製品販売会社の株式会社パシメックス(以下「パシメックス」という。)が主催する香川県香川郡香川町〈番地略〉所在のホテルマツノイパレス(以下「マツノイパレス」という。)での展示即売会(以下「本件即売会」という。)のために宝石類を貸し出して欲しい旨の申出を受け、これを承諾した。

(二) そこで、原告は、株式会社クラウン宝飾(以下「クラウン」という。)から五七九点の宝石類(以下「宝石A」という。)を、川喜田有限会社(以下「川喜田」という。)から一六点の宝石類(以下「宝石B」という。)をそれぞれ受託し、自社所有の四四点の宝石類(以下「宝石C」という。)とともにアッシュに貸し出し、同社代表者の加藤久尚は、同年三月八日、これを東京からマツノイパレスに持ち込んだ。さらに、原告代表者は、加藤久尚から高額商品が足りない旨の連絡を受け、クラウンから平成二年一二月八日に受託した一三二点の宝石類(以下「宝石D」という。)、平成三年三月七日に受託した二七三点の宝石類(以下「宝石E」という。)及び同月八日に受託した四四九点の宝石類(以下「宝石F」という。)、川喜田から受託した二七点の宝石類(以下「宝石G」という。)並びに宝石ケース一〇個を、黒色のビニール・レザー製ツーウェイの鞄(縦約六〇センチメートル、横約四五センチメートル、厚さ約二〇センチメートル、以下「本件鞄」という。)及び黒色のレザー製スーツ用の折り畳み式鞄(縦約五五センチメートル、横約四五センチメートル、厚さ約一〇センチメートル、以下「スーツ用の鞄」という。)に入れ、キャリー付の鞄には陳列用ケースを入れた上、同月九日マツノイパレスに持ち込んだ。

(三) 原告代表者及び加藤久尚は、平成三年三月九日及び翌一〇日の本件即売会において、原告所有の宝石類並びにクラウン及び川喜田から受託した宝石類を展示販売し、宝石二二点(仕入価格合計三九万五九六八円)を売却した。原告代表者は、右即売会終了後、直ちにクラウン及び川喜田に返還する商品と、アッシュに委託を継続する商品とに分け、宝石A(売却された二〇点を除く五五九点)を加藤久尚に交付した。そして、本件鞄には、クラウンからの受託品である別紙①宝石・貴金属明細表記載の宝石類八五三点(売却された一点を除く宝石D・E・F)及び川喜田からの受託品である別紙②宝石・貴金属明細表記載の宝石類一六点(宝石B)の合計八六九点(以下「本件宝石」という。)を入れ、スーツ用の鞄には、原告所有の宝石類(売却された一点を除く宝石C)及び川喜田からの受託品である宝石類(宝石G)の合計七〇点を入れた。なお、陳列用ケースを入れたキャリー付の鞄は、加藤久尚に依頼して宅急便で東京に送付した。

2  本件盗難事故の発生

(一) 原告代表者は、平成三年三月一〇日にマツノイパレスで宿泊して翌一一日午前九時三〇分ころ出発し、岡山駅では午前一一時〇三分発のJR東海道新幹線ひかり号のグリーン車は満席ということであったが、とりあえず乗車して車掌に一人用又は二人用の個室を依頼し、結局、グリーン車である一〇号車の五B席(通路側)の指定を受け、同席に座った。車両内には五、六名の乗客しかいなかったが、原告代表者は、スーツ用の鞄は網棚に載せ、本件鞄は座席前のステップと座席との間の足下に置き、着席してから一〇分ないし一五分後に車内販売で缶ビールと弁当を買い、ビールを飲んで姫路駅に近づいたころ寝てしまった。ところが、静岡駅を過ぎたころ目を覚まし足下の本件鞄が無くなっていることに気付き、車掌に報告して自らもグリーン車内を探したが見つからず、東京駅下車後の午後三時一〇分ころ、東京駅鉄道警察署に届出をし、さらに、高額品の盗難のため同月一四日に丸の内警察署に被害届を出した。

(二) 原告が盗難に遭った本件鞄には、本件宝石八六九点のほか、携帯用電話機の充電器、宝石ケース一〇個及び手袋が入っていたところ、本件宝石の仕入価格は合計四六四九万三四八〇円(クラウンからの受託分四五一九万三四八〇円、川喜田からの受託分一三〇万円)、その他の物及び本件鞄の時価は合計三万八六〇〇円であるから、本件盗難事故による損害は合計四六五三万二〇八〇円となる。

三被告の主張

1  原告が主張する本件盗難事故の発生は以下のとおり甚だ疑問である。

(一) 事故の発生に関する報告及び主張の変遷

原告代表者は、本件盗難事故に遭ったとする当日、被告の専属代理店を経営する加藤重男に対しては、食堂車へビールを買いに行くため席を離れ、戻ってきたら座席の足下に置いておいた鞄が紛失していた旨報告し、また、丸の内警察署に被害届を提出した際には、姫路駅付近で弁当を買い、その際には足下に鞄があったが、そのまま約二時間寝てしまった旨供述した。しかし、後日、被告の損害査定の責任者である磯雅夫に対しては、岡山駅でビールと弁当を買って乗車したが、飲食後姫路駅の手前で眠ってしまい、静岡駅付近で目が覚めたら足下の鞄が紛失していた旨報告し、被告の社外調査機関である損調社の調査員樋口政一に対しては、車内販売でビールと弁当を買って、飲食後姫路駅手前で眠ってしまい、静岡駅付近で目が覚めたら足下の鞄が紛失していた旨報告した。さらに、原告は、本件訴状では岡山駅で缶ビールを買った旨主張したが、平成四年三月三〇日付準備書面では車内販売で缶ビールを買った旨主張するなど本件盗難事故の発生に関する主張に一貫性を欠く。

(二) 本件動産総合保険契約の締結とその継続についての不合理

原告は、資金繰りが悪化していた平成二年六月七日に、本件動産総合保険契約を締結し、同年一〇月三一日、不渡り手形を出して銀行取引停止処分を受け事実上の倒産状態にあり、在庫は零となったにもかかわらず、右契約を解約せずに年間九〇万円(月払額七万五〇〇〇円)の高額な保険料の支払を続けた。

(三) 不自然な事故態様

(1) 原告代表者の隣席である五A席(窓側)には、女優の金井克子が新大阪駅で乗車したところ、同人は、通路から自席に入る際、原告代表者は起きて座席テーブルを畳んだが、その足下には鞄は無く、盗難騒ぎになる前に原告代表者は携帯電話で二度通話した旨被告担当者に述べている。そうすると、本件鞄が盗まれたのは、姫路駅に到着した午前一一時二八分ころから新大阪駅に到着した午後一二時〇二分ころまでの約三〇分の間ということになるが、原告代表者がこのような短時間に盗難に気付かないほど熟睡するとは考え難く、金井克子の乗車時及び二度の通話時に本件鞄の紛失に気付かないのは極めて不自然である。

(2) 本件鞄に高価品が在中しているとの事情は外見からは全く判断できないのに、新幹線車内の通路側座席の乗客の足下から本件鞄を引きずり出して盗取するという発見の可能性が極めて高い犯行に及ぶ者が存在するとは考え難い。

(3) 原告代表者が盗難に気付いた後、グリーン車内しか捜索していないことも不自然である。

(四) 動機の存在

原告は、前記のように資金的にひっ迫しており、盗難事故を仮装して多額の保険金を騙取する動機がある。

(五) 本件宝石の不存在

本件宝石の存在を裏付けるべき原告提出の書証の内容には不合理な点が多々あり、信憑性に欠ける。

(六) 本件鞄の不存在

アッシュの代表者加藤久尚は、被告に対して、原告代表者は、キャリー付の鞄(縦七〇センチメートル、厚さ三六、七センチメートル)一個を持ち帰ったものであり、自分が持ち込んだ宝石A・B・Cは自ら持ち帰った旨述べており、原告が盗難にあった旨主張する本件鞄とは明らかに形状が異なるし、本件鞄に宝石Bも在中していたとする原告の主張とも矛盾する。加藤久尚は、その後右発言を撤回したが、原告の意向を受けたものとしか考えられない。

2  仮に、本件盗難事故が発生したとしても、右事故は保険契約者である原告の重大な過失に起因するものであるから、被告に保険金の支払義務はない。すなわち、原告代表者は、委託仕入価格が五〇〇〇万円を超える他人の宝石類を運搬しているのに、昼間、乗客のまばらな新幹線の車内で飲酒し、商品を身体から離して熟睡してしまい、盗難事故を発生させたものであって、このような場合に保険金の支払を認めることは信義則に違反するから、原告には宝石販売業者としての注意義務を著しく欠く重大な過失がある。

四争点

1  原告が主張する本件盗難事故が発生したか。

2  本件盗難事故の発生について原告に重大な過失があるか。

第三争点に対する判断

一まず、事実経過について検討するに、前記争いのない事実及び証拠(〈書証番号略〉、証人加藤久尚、加藤重男、磯雅夫、原告代表者の一部)並びに弁論の全趣旨を総合すると、次の事実が認められる。

1  本件即売会までの経過

(一) 原告は、昭和五九年四月に設立され、当初より西川武彦が代表者となって、宝石類の卸及び小売り等を営んでいたが、カタログ販売などが中心で、地方に出張して展示即売したのは設立時から二、三回程度であった。原告の平成二年三月三一日決算期における在庫商品は期首より約一億円増の一億四三〇五万〇二〇〇円であり、また、金の先物取引により約一〇〇〇万円の損失を計上していた。原告は、同年四月ころから、株式会社ヴァルカン宝飾、株式会社石井貿易及び有限会社新和貿易との間で融通手形を出し合うなど資金繰りが悪化していた。

(二) 原告は被告との間で長期総合保険契約を締結していたが、原告代表者は、平成二年五月下旬、被告の専属代理店を経営している加藤重男に対して、貴金属の盗難に備えるための保険について尋ね、同人から、盗難保険と動産総合保険があり、前者は店舗を構えて販売する場合に適し、後者は商品を持って外販に出ることが多い場合に適している旨の回答を得た。そこで、原告代表者は、原告所有の在庫商品約六〇〇〇万円相当と外販に出る際に同業者から受託する商品約四〇〇〇万円相当を保険の目的とする動産総合保険に加入することとし、同年六月七日、被告との間で保険金額を一億円とする本件動産総合保険契約を締結した。保険料は年間九〇万円であったが、加藤重男は、原告代表者の希望により毎月七万五〇〇〇円を集金した。

(三) 原告は、平成二年一〇月三一日に手形不渡りを出し、約一億八〇〇〇万円の負債を生じたが、債権者には自社所有の在庫商品を分配したほか、同年一一月一三日、約三〇〇〇万円の債権を有していたクラウンを含む一〇社から一億二六四六万八二〇〇円の債務免除(クラウンの免除額は約一五〇〇万円)を受けた。この時点で原告の在庫商品は零となり、以後は主に委託を受けた商品を販売する方法をとり、それまでは毎月二〇〇〇万円以上の売上があったのに、同月の売上は約二七万円、同年一二月は約七〇万円というように激減した。

(四) アッシュは、平成三年二月上旬、パシメックスから本件即売会の話を持ち込まれ、原告に対し、右即売会で販売する宝石類を貸し出して欲しい旨申し入れ、その承諾を得た。原告は、受託した商品が本件即売会で売れたら買い取るとの約束で他の業者から商品の委託を受けることとし、右業者に支払う仕入価格にその一〇パーセントを付加した金額をアッシュに対する納入金額とする旨約した上、同月二八日及び同年三月二日にクラウンから宝石A(仕入価格合計七六一万二〇八〇円、〈書証番号略〉)を、同年二月二八日に川喜田から宝石B(仕入価格合計一四三万円、〈書証番号略〉)をそれぞれ受託し、自社所有の宝石C(合計四〇九万七〇〇〇円相当)とともに、同年三月五日これをアッシュに交付し、商品貸出明細書にその受領印を徴した(宝石B・Cにつき〈書証番号略〉備考欄にはアッシュを示す「AT」の文字が記入され番号は五一一から始まっている。)。原告は、この際、アッシュに対する右明細書の納入金額欄には仕入価格に一〇パーセントを付加した金額を記載すべきであるのに、川喜田から受託した宝石Bについては一三〇万円と記載した(〈書証番号略〉なお被害金額も一三〇万円と主張している。)。加藤久尚は、同年三月八日、右宝石類をマツノイパレスに持ち込んだ。

(五) 原告代表者は、加藤久尚から高額商品が足りない旨の連絡を受け、クラウンから、平成三年三月七日に宝石E(仕入価格合計三七二万九七〇〇円、〈書証番号略〉)、同月八日に宝石F(仕入価格合計三七二〇万四九〇〇円、〈書証番号略〉)をそれぞれ受託した後、宝石類を本件鞄とスーツ用の鞄に入れ、キャリー付の鞄に陳列用ケースを入れて、飛行機で高松まで行き、同月九日午前九時ころマツノイパレスに到着したが、その際、本件即売会が始まる直前であったので、加藤久尚は原告代表者が持ち込んだ宝石類を確認しなかった。同月九日及び翌一〇日の本件即売会においては、展示ケース四台を使用し、うち一台に原告代表者が宝石類を、残りの三台に加藤久尚が時計等を展示して販売したが、原告所有の宝石Cのうち一点(アッシュに対する納入金額二万六〇〇〇円)とクラウンからの受託品のうち二一点の合計二二点(仕入価格合計三九万五九六八円)を売却したにとどまった。後者のうち、宝石Aからの二〇点は仕入価格に一二パーセントを付加した価額が原告の納入金額であるが、原告代表者が持ち込んだ宝石D(平成二年一二月八日受託)からの一点は売却価格は一〇万一〇〇〇円で、原告のアッシュに対する納入金額は二万五三〇〇円であり(〈書証番号略〉)、これはクラウンからの仕入価格と同一金額であった(〈書証番号略〉)。原告代表者は、本件即売会終了後、直ちにクラウン及び川喜田に返還すべき商品があるとして、宝石類を分別し、宝石A(売却された二〇点を除く五五九点)のみを加藤久尚に交付した。加藤久尚は、原告代表者の依頼により、アッシュの事務所あてにキャリー付の鞄を宅急便で送付した。

(六) 原告代表者は、平成三年三月一〇日にマツノイパレスで宿泊し、同月一一日午前九時三〇分ころ本件鞄とスーツ用の鞄を持って出発し、岡山駅で午前一一時〇三分発のJR東海道新幹線ひかり号に乗車し、グリーン車である一〇号車の五B席(通路側)に座った。新大阪駅(午後一二時〇二分到着)でグリーン車内は満席となり、女優の金井克子も同駅で乗車し、原告代表者の隣席である五A席(窓側)に座った。原告代表者は、静岡駅(午後二時〇五分到着)付近で車掌に鞄が無くなった旨告げ、グリーン車内を探したが見つからず、加藤重雄に盗難に遭ったことを電話で連絡し、金井克子に尋ねると、同人は、新大阪駅で乗車したとき原告代表者は寝ていたが、その足下に鞄は無かったと思う旨説明した。

2  事故報告後の経過

(一) 原告代表者は、東京駅下車後、東京駅鉄道警察署に届出をし、さらに、平成三年三月一四日、丸の内警察署に被害届を提出した。その際、同署の警察官に対しては、本件即売会の帰路は往路と同じく飛行機を利用しようと思ったが、テレビニュースで濃霧のため欠航すると知り新幹線を利用することにした、新幹線の車内では同月九日に持参した宝石類を本件鞄に入れ、座席の下に置き足をまたいでいた、午前一一時三〇分ころ姫路駅付近の車内販売で弁当を買い、その後約二時間眠り静岡駅付近で本件鞄が無いことに気が付いた旨供述した。

(二) 被告の損害査定の責任者である上野損害課長磯雅夫(以下「磯課長」という。)は、原告から事故報告を受けた後、社外調査機関である損調社に対して事故状況について調査を委嘱したが、原告代表者は、損調社の調査員樋口政一に対しては、車内販売でビールと弁当を買って、飲食後姫路駅の手前で眠ってしまい、静岡駅付近で目が覚めたら足下の鞄が紛失していた旨述べた。しかし、樋口政一は、平成三年四月、金井克子に対して事情聴取したところ、同人は、新大阪駅で乗車した際、原告代表者の席の前のテーブルには、弁当、ビール、携帯電話機が置かれていた、通路から窓側の自席に入る際、原告代表者は起きてテーブルを畳んだが、そのとき同人の足下に鞄は無かった、静岡駅付近で盗難騒ぎになる前に原告代表者に二度携帯電話がかかり、その都度応対していた旨の説明を受けた。

(三) その後、被告は原告につきモラルリスク調査を実施することになり、平成三年五月二〇日、税理士斎藤博明(以下「斎藤税理士」という。)に対して原告の商品の流れ、決算内容等について調査を委嘱した。磯課長及び斎藤税理士は、同年六月二八日、原告代表者から、岡山駅でビールと弁当を買って乗車したが、飲食後姫路駅手前で眠ってしまい、静岡駅付近で目が覚めたら足下の鞄が紛失していた旨説明を受け、また、同年七月一六日、クラウンの副社長風間すみえから、盗難の話は聞いている、クラウンは製造問屋であり、仕入れた部品を組み立てて製品を作っているので委託品の仕入先等の解明は困難である旨の回答を得た。同月三〇日、原告代表者に再度面会したところ、川喜田からの受託品も盗まれた旨聞いたので、同月三一日、川喜田を訪ね原告への委託伝票を閲覧したが、川喜田も製造問屋であり入手先等の解明は困難である、売却前から委託商品の値引きの話はしない旨の回答を得た。さらに、同年八月一九日に原告から徴した質問事項回答書には、盗まれた川喜田からの受託品は一三〇万円相当であること、新幹線の車内で電話がかかってきたと思うが、誰からか記憶がないことなどが記載されている。

(四) 原告は、平成三年一〇月八日、本件動産総合保険契約に基づき、被告に対し、本件盗難事故による損害四六五三万二〇八〇円について保険金の支払請求をした。そこで、斎藤税理士は、同月二二日に原告の平成二年度の決算報告書の提出を受けたところ、損益計算書の雑損失は四五二一万八七八〇円(クラウンから受託した宝石D・E・Fの仕入価格合計、売却済みの一点を含む金額)との記載があり、また、貸借対照表の在庫商品は三三八万六五〇〇円と記載されていた。磯課長及び斎藤税理士は、同年一一月一三日、原告代表者に面会して総勘定元帳を閲覧し、期末在庫が少ないことについて裏付け資料の提出を求めたが紛失した旨の回答を得、その後の釈明によっても右の点は解明されなかった。さらに、同月一八日、アッシュの代表者加藤久尚から、原告の本件盗難事故の件は初耳である、原告からの委託伝票は廃棄してしまった、自分が本件即売会の会場に持ち込んだ宝石(本件鞄に在中していたという宝石Bも含まれている。)は自分で持ち帰った旨の説明を得たので、同月二五日、加藤久尚に再度確認した上、同月二六日、原告代表者に面会し、被告から原告に対し同日付で保険金支払拒絶の通知をした。その後、同年一二月、加藤久尚から磯課長に対して、自分が持ち込んだ宝石はすべて自分で持ち帰った旨述べたのは記憶違いである旨の連絡がされた。

(五) 原告は、平成三年一二月二七日本訴を提起したが、被告は、訴訟係属中である平成四年三月四日、加藤久尚から、原告代表者はキャリー付の鞄二個とアタッシュケース様の鞄一個を持参し、キャリー付の鞄一個を宅急便で送り、キャリー付の鞄一個とアタッシュケース様の鞄一個を持ち帰った旨の回答を得た。その後、加藤久尚は自ら記憶違いがあったとして、被告に対し、原告代表者はツーウェイの鞄を持ち帰った旨連絡し、同年五月八日その旨を原告に対してもファックス送信した。

二そこで、争点1(本件盗難事故の発生の有無)について判断する。

1 〈書証番号略〉(被害届)、〈書証番号略〉(供述調書)、〈書証番号略〉(報告書)及び〈書証番号略〉(報告書)並びに原告代表者本人尋問の結果中には、原告が平成三年三月一一日に東海道新幹線の車内で本件盗難事故に遭った旨の原告の主張に沿う記載及び供述部分がある。

2 しかしながら、前記認定事実に基づいて考察すると、前掲1の各証拠の信用性には以下のとおり疑問がある。

(一)  本件宝石の所持について

(1)  原告が盗難に遭った旨主張する本件宝石八六九点(宝石B・売却された一点を除く宝石D・E・F)のうち八五三点は、原告代表者が平成三年三月九日に本件即売会の会場に持ち込んだというクラウンからの受託品(売却された一点を除く宝石D・E・F)であるが、加藤久尚が右商品を確認していないことは前記認定のとおりであり、盗まれた宝石類の約九八パーセントが、本件即売会のために持参した商品のうち第三者が確認していない商品であること自体、まず不自然である。

(2)  また、原告代表者が本件即売会の終了後に本件宝石を新幹線で持ち帰ったことの客観的証拠はない。もっとも、原告代表者が同月一一日に本件鞄を持ってマツノイパレスを出たこと、加藤久尚が宝石Bを持ち帰った事実はないことは前記認定のとおりである(証人加藤久尚の供述は前記のように変遷しているが、自主的に記憶違いであったとして前の供述を訂正し、法廷でも訂正後の供述を維持していることから訂正後の供述を採用する。)が、前者の事実によっては本件鞄に本件宝石が入っていたことを推認するには足りず、また、後者の事実は宝石Bが盗難に遭ったことを基礎付けるには足りないというべきである。

(3)  ところで、原告代表者が宝石D・E・Fを本件即売会に持参したことを推認すべき証拠として、原告がアッシュに対し右宝石を委託したことを内容とする原告作成の商品貸出明細書(〈書証番号略〉)が存在する。しかし、先にアッシュに委託し加藤久尚が持参した商品(宝石A・B・C)は六三九点であるのに、アッシュに対する右明細書の番号が五七一から始まっていること(〈書証番号略〉)、宝石D・E・Fの合計は八五四点であるのに、右明細書(〈書証番号略〉)の合計は八五三点であること、宝石Aについてアッシュの受領印が押捺された商品貸出明細書が証拠として提出されていないこと(宝石B・Cについては前記のとおり〈書証番号略〉がある。)、宝石Dから売却されたという一点の納入金額が仕入価格と同一であり原告の利益が計上されていないこと(〈書証番号略〉)、原告は被害金額をクラウンからの仕入価格である旨主張しているのに、宝石Dについて仕入価格に一〇パーセントを付加したアッシュに対する納入金額(〈書証番号略〉)を被害金額と主張していることなどに照らし、前記証拠はにわかに信用することができない。

(4)  原告がクラウンから宝石D・E・Fを受託したことは、前記認定のとおりである。しかし、宝石Dについてクラウンの委託商品貸出明細書は証拠として提出されていないこと(宝石E・Fについては前記のとおり〈書証番号略〉がある。)、約三か月前から受託していた宝石Dをすぐに返却しなければならないとして持ち帰ったこと(原告代表者)、加藤久尚の高額商品が欲しいとの依頼に応じて持参したはずの宝石D・E・Fは仕入価格の一番高いものでも七〇万円で、五〇万円以上のものは七点にすぎないこと(〈書証番号略〉)などの諸事情に照らして考えると、クラウンから右宝石を受託したとの事実から、原告代表者が本件即売会にこれを持参し、かつ、持ち帰ったことまで推認することは早計というべきである。

(5)  さらに、原告が本件鞄に在中していたと主張する川喜田からの受託品一六点(宝石B)についても、これが損益計算書(〈書証番号略〉)に損失として記載されておらず、同社からの納品書には一四三万円と記載されている(〈書証番号略〉)のに、アッシュに対する商品貸出明細書には一三〇万円と記載している(〈書証番号略〉)など不自然な点が存する。もっとも、原告代表者は、仕入価格をそのまま商品貸出明細書に記載し、アッシュとは売れたら一〇パーセントを付加した金額を支払ってくれるように話がついていた、また、川喜田とは一〇パーセントの値引きの約束があった旨供述するが、クラウンからの受託品については仕入価格に一〇パーセントを付加した金額をアッシュに対する商品貸出明細書に記載していること(〈書証番号略〉)、川喜田は売却前に値引きの話はしない旨回答していること、また、一〇パーセントの値引きとすれば一二八万七〇〇〇円となることに照らし、右供述は信用することができない。

(二)  本件宝石の盗難について

(1)  原告代表者が本件盗難事故につき警察署に被害届を提出したことは前記認定のとおりであるが、その後捜査が進展したことを認めるに足りる証拠はない。

(2)  また、本件盗難事故の態様が原告の主張するとおりであるとすると、犯人は、新幹線のグリーン車内で、原告代表者の足下から、外見上は高価品が在中しているとはにわかに判断できない重さ一三、四キログラムほど(原告代表者)の本件鞄を引きずり出して盗取したことになるが、このような犯行態様は、全くあり得ないとまではいえないとしても、それ自体不自然であるし、これを裏付けるに足りる証拠もない。

(3)  さらに、原告代表者の隣席であった金井克子から被告が事情聴取した結果では、金井克子が新大阪駅で乗車した際、原告代表者は起きてテーブルを畳んだが、そのとき同人の足下に本件鞄は無かった、静岡駅までに原告代表者に二回携帯電話がかかり、その都度応対していたというのであるから、原告代表者が新大阪駅で、あるいは少なくとも静岡駅までの間に、盗難に気付かなかったというのはいかにも不自然である。もっとも、金井克子からの事情聴取の結果は伝聞ではあるが、他の乗客のこととはいえ、新幹線車内の隣席のテーブル上の携帯電話のベルが鳴れば注意を引き付けられるであろうし、ベルが鳴ったことと静岡駅を通過したこととの前後関係についても、静岡駅を過ぎたころ原告代表者が盗難に遭ったと騒ぎだしたというのであるから、ベルが鳴った方が先であることについても印象に残ることが推察でき、この点を覆すに足りる反証もない以上、金井克子の事情聴取の結果は信用するに足りるというべきである。

(三)  本件動産総合保険契約の締結等について

原告が、経営状態が悪化してきた平成二年六月になって、宝石類の盗難に備えて本件動産総合保険契約を締結したこと、外販に出ることは少ないのにそれに適した動産総合保険契約を選択したことは前記認定のとおりであり、右契約の締結については不自然の感を免れない。しかも、原告は、同年一〇月に手形不渡りを出し、債権者に現物を分配して在庫商品が零になり、その後は売上も激減し、かつ、保険料は月払いであったから解約の利益があるのに、解約することなく保険料の支払を継続したことにも合理的な理由は見いだし難い。

3 そうすると、前掲1の各証拠はたやすく採用することができず、他に原告主張の本件盗難事故の発生を認めるに足りる的確な証拠はない。

第四結論

以上の次第であるから、原告の請求は、その余の点について判断するまでもなく理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官篠原勝美 裁判官吉田健司 裁判官鈴木順子)

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